第5編: 愚か者「レポ」

第5編: 愚か者「レポ」

私が次の生で何と呼ばれるかはわからない。だいたい、名前などというものがある世界に生まれるかどうかもわからないのだ。カブト虫たちに名前はあるのだろうか。おそらく、ゾンサル・ジャムヤン・ケンツェという今の名前は、野心と影響力をもった人の子か、人を操るのが上手い親戚の子に与えられるのだろう。そして、私はといえば、その名前をもらった子どものお茶のなかに落ちて死んでしまうのだ。...
第3編: ケンツェ・チョキ・ロドゥというラベルの始まり

第3編: ケンツェ・チョキ・ロドゥというラベルの始まり

辞書によると、生まれ変わりの定義は、「魂が新しい肉体に再生すること」とある。魂を信じず、死んだらタンポポのようにばらばらになるとか、舗道の水蒸気のように蒸発するなどと思っている人々は、昔、彼らは鶏で、過去生において友人に食べられてしまったのだということを受け入れることができない。そして、一方で、肉体が死んだ後も続く魂を信じる人々は、ヒンドゥ教や仏教で語られるところの再生を受け入れるのが難しいと感じる。...
第2編: 泣くか、泣くまいか

第2編: 泣くか、泣くまいか

第2編 泣くか、泣くまいか 人生という幻を半世紀以上にわたってどうにか生きながらえ­—インドやブータンの最も危なっかしい道を何千マイルも移動し、おんぼろの飛行機で何十万マイルも飛び回り、得体の知れない食べ物をバンコクの露店で食べ、あるいは、ペニンシュラ・ホテルでハイ・ティーと見せかけた毒を摂取したのちに—私は、泣くことができるというのは特別な才能だと気づいた。...